Little AngelPretty devil
         〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

   “春の颯(はやて)に ひそむもの”
 


そうでなくとも、年ごとに早い遅いもあることだったし、
先の冬なぞ、途轍もない雪に見舞われたほどで。
どんなお花もそのお目見えは遅れるだろなと、
誰もが見越しておったれど。
それでも何とか、
西は筑前や、隼人・高千穂の薩摩などから、
続いて駿河や安房といった東国の領からの知らせを皮切りに、
紀伊や淡路でも咲いてのそれから。
やっとのこと、
京の都にも花王の咲き頃が北上して来ておいでで。
とはいえ、

 「今年はまた、風が強うございますね。」
 「ああ。」

この時期には、
春一番と喜ぶには過ぎるくらいの、
随分と強い風も吹き来るのが常であり。
まま、桜はなかなかに花のつきようは強いので、
咲いて数日ほどは、なかなか散らずの咲き続けているけれど。
雨に打たれている姿は何とも寂しげだし、
何より哀れでもあるし。
強い風に梢ごと あおられているのもまた、可哀想でならず。
心優しい書生くんなぞ、
まるで人の友達の身を憂うるように眉をひそめておいでだが。

 「だがまあ、
  草木に関してはさほどに案じることでもなかろ。」

優に頭二つ分は背丈の違うお師匠様が、
すぐの傍らから しらっとしたお声でそうと返し、

 「人なんぞよりも ずっと強かだぞ、あやつらは。」
 「そうでしょうか。」

確かに、大地へ頑丈に根付いた木々へは、
心配も要らないかもしれないが、
可憐な花にはなす術もない…と案じる少年なのへ、

 “それもまた戦略なのだがの。”

まさかにこのセナが感じたそれのように、
誰ぞかの同情を引くためじゃあなくて。
たとえば その“お花”には、
特定の虫の視覚にだけ判別のつく特殊な色が配されていて。
人の目では判別出来ないが、
蝶々や蜂など、花粉を介してくれる存在へ、
蜜は此処だと知らせているのだそうで。
心ない人間が乱暴に刈り取ったとしても、
根っこはなかなかしぶとくて。
気がつきゃ翌年もまた、
同じところに同じ花が咲いてました…なんてのはよくある話。
いちいち振り回されて心痛めるセナ坊の方こそ、
どんだけ可憐な心をしておいでかと、思わないでもなかったけれど。

 『だがまあ、か弱いものへの情が深い陰陽師というのも、
  居たっていいんじゃなかろかね。』

以前は、危なっかしいと思っていたが、
様々な気配を感じ取る素養は、
ささやかな声まで拾えるほど鋭いほど、
当人の感受性をも繊細なそれへと助長してしまうもの。
そこのところを、あっけらかんと諭してくれた、
自然の側に近しい誰かさんの言により、
そういうもんかなぁと考えさせられて以降。
弟子への叩きようへも、
多少は緩急をつけるようになった術師様であったりし。
ただ、

 「そんな草木の芽吹きの精気にあてられて、
  妙な力つけた馬鹿者が出るのへは、
  しっかと対処せにゃならんのが面倒だがな。」

あ〜あと、いかにも煩わしいことのように言ってから。
せっかく品よくまとっておいでだった緋袴を、
よっこいせと たくし上げて見せ。

 「ちょ、何なさってんですよ、お師匠様っ!///////」
 「いいじゃんか、どうせ俺ゃあ男なんだしよ。」

本物の白拍子がこんなしたら はしたねぇかもしれねぇが、と。
特に衒いもないらしいまま、
脛あたりを掴んでぐいと引き上げられたのは紅色の袴。
上がったその途端、ちょっぴり骨張ってなくもない御々脚が、
膝上の辺りまであらわになってしまっていて。
二人が背負う格好になっている古木の幹の暗色に、
やたらと映えての…不思議となまめかしいほど。
とはいえ、

 「…うう〜ん。」
 「もしかして寒いんじゃないですか?」

先程から話題になっている、嵐を思わすほどの強風が、
彼らの頭上に咲き誇る、それは見事な桜花の緋白を揺さぶっているし。
それと判りやすくするためとはいえ、
上には純白の小袖、腰から下には紅色の袴という、
ちょいと特殊ないで立ちでいる師弟二人の周囲には、
春宵の薄暗がりの他には、
人も寄らない寒々しい空間が開けているばかりとあって。

 “それでなくとも、寒いのには耐性低くてらっしゃるのに。”

ある意味、身を捨てての挑発行為に及んだ蛭魔だったのは、
とっとと終わらせて暖かい炉端へ帰りたかったからなのかもと、
ついつい感じたセナもまた、
こちらさんは…さすがにまだ小さいので風邪を引かせる訳にもいかぬと、
羊のすとーるを巻かせていただいていた肩口を、
寒さへと言うよりも師匠の捨て身の行動への畏怖からか、
ふるると縮めてしまったところで、

 《 そこにおるのは、いずこの巫女じゃ?》

遠くからとも、頭上からとも足元からとも、
何処からともつかぬ、妙にひび割れた声が響いて来て。

 「あ……。」

はっとお顔を上げかけたセナだったのへ、
横合いから手が伸びてくると口許をはっしと押さえられてしまう。
余計なことは言うなとの、それは判りやすい指示の下、
こくこくこくと何度か頷いてから、怯えているよに見せるため、
蛭魔の細い肩へと寄り添えば。

 《 姉妹の巫女か? この“神寄りの桜”へ何を納めに参った。》

謎の声はそんな文言を続ける。

 『神寄りの桜?』
 『はい。昔から、あの大桜はそうと呼ばれておりました。』

あらゆるものへ神が宿るとする神道信仰の中、
特に最たるものが、樹齢の長い樹木を神の寄代だとするもので。
例えば、松はやはり樹齢が長いことと常緑であることから、
古来より“神を待つ樹”とされ、
そこから“まつ”という音読みの名が付いたとされるほどともいう。

 “桜は殊に、壮麗神秘な姿や有り様から、
  人も集まりやすいし、精気も霊気も強いってもんで。”

そんな桜に魂奪われ、夜な夜な徘徊した挙句、
夜寒にその身を凍えさせ、亡くなる者もあったやも知れぬ。
そんな人を差して“魅入られた”とする誤解も、
あちこちで多数広まったことだろうが、

 《 儂は邪妖の類ではない。そのように怯えんでもいいぞ。》

小柄な妹巫女が怯えるのでと、
自分の背後へかくまった気丈な姉巫女。
つややかな黒髪を背中へすべらかせての、
やはり純白の元結いで落とし結いにしているせいか、
怖くなんかないぞと凛々しく構えておいででも、
その痩躯が強調され、何とも痛々しく見えてならぬ。
健やかに伸びた四肢や、白小袖の衿元の合わせから覗く、
奥深い白をたたえた肌の瑞々しさが、
どれほどのこと、その身へ生気をたたえているかを偲ばせて…、

 《 怖ぉおはないぞ。ささ、こちらへ。》

重たげなほどに緋白の花手鞠を密集させた梢たちが、
吹き寄せた風にあおられ、右から順々にゆらゆらと躍る。
若葉の木の葉ずれほどの音ではないが、
花びらが震えるかすかな響きが さわわと聞こえ。
群雲の陰から姿を現した、下弦の月の降り落とす光の刃が、
向き合う互いを妖しく照らして。
片やが白拍子の巫女姿なら、
相手は立烏帽子に直衣という、
高位の華族を思わすいで立ちであったれど。

 「ようやく出て来たな、蜍蟇の変化
(へんげ)めよ。」
 「…………っ!」

いきなり立った声の帯びていた、思わぬ威容にたじろぎかかり、
うぬうとその場に立ち止まったは。
輪郭だけなら人にも似ていたが、
それにしちゃあ口許が、いやに…横へと長く裂けているし、
鈍色の直衣の立派さに引き換え、
裸足の足元がひたひたと、湿った音を立てており。

 「冬の間の塒
(ねぐら)にしただけでは飽き足らず、
  この桜の芽生えの精気を吸って、そうまでの姿を得。
  間近を通りかかる人たちからも、
  生気をたんまり食ってたって言うじゃねぇかよ。」

眉を隠しての切れ長な双眸の際までと、
真っ直ぐ切り揃えられた漆黒の髪の陰から、鋭い視線が放たれて。
そのまま射貫かんばかりの強い凝視とともに、
聞こえて来たのが封印破邪の咒がひとしきり。

 「……哈っ!」

宙に指先にて陣を切るでなし、
封印の弊を取り出すでないことに油断があったか、
呆気にとられてという態で、こちらを観ていた存在は、
咒を唱え終えた蛭魔の手へ、
別な手が重なっていることに気づいて息を飲む。

 「二重詠唱だ、こんちくしょうめっ。」

実際に聞こえていたのは蛭魔が唱えた咒だけだろうが、
その陰からセナもまた、浄化の咒を唱えており。
二人が同時に唱えた咒が作用し合ってのこと、

 《 ぐ……………っ!》

相手の身をがんじがらめに束縛し、
今 立っているところから動けなくしてしまっている模様。

 「さくらが蓄えた精気を自分の覇力と間違えて、
  世界の覇権でも握ったような、
  大きな勘違いをしていたらしいがな。」

髪へと伸ばされた白い手が、
ぐっと黒髪を引っつかみ、
そのままずるりと引きずり降ろしたならば、

 《 な……………っっ!》

頭上に輝く月峨の主人、
こちらの彼こそが神の和子ででもあるかの如くに、
けぶるような金の髪がふさりと現れたものだから。

 《 まさかまさか、お前様はっ!》

邪妖に慄かれてもなぁと、
いつも後から笑ってしまわれる師匠だったが、
対峙の最中は何でも使うのが常套のお人なものだから、

 「さては、我が父者
(ててじゃ)から、
  何ぞか含み訊いておるのか? お前。」

いかにも、天世界の係累ででもあるかのような言い回しをし、
魔物が恐れ入っての動けぬところを、

 「……………ここまでお膳立てしてくれんでもなぁ。」

不本意だと言いたげな、そんな心持ちを隠しもしないお声と共に、
脇合いから身を乗り出しての、既に手にしていた精霊刀にて、
ぶん…っと宙を撫で切ったのは、黒の侍従こと葉柱さんで。
袖を絞った小袖も筒袴も、
夜陰に紛れるにはちょうどいい、
深みのある漆黒の装いした精悍な式神様の、
姿が見えたとほぼ同時、

  宵闇に走った銀線一閃、それが全ての幕を引く。

夜更の無音静寂、尚のこときつく引き絞った感のある、
蜥蜴の総帥様の放った一閃は、

 《 …が………っ!》

先程まで それは鷹揚にしていた邪妖の、総身へと振るわれたようで。
セナも時々は見聞して来た、総帥殿の太刀さばきは、
どんな窮地へも余裕で切り込める冴えが、それはもうもう鮮やかで。
周辺の空気までもを切り裂いているような、
覇力に満ちた一閃下すと。

  さわさわわ、と

夜陰に響くは風になぶられる桜花の囁きか、
それとも衣紋が風にはためく音か。
それへと紛れてのそのまま、
直衣姿の蟇の邪妖が一匹、
夜陰の中へするすると、耡き込まれての消滅してしまうまでの、
何とも呆気なかったこと。

 「…終わったか?」
 「ああ。」

太刀を鞘へと納めてのそのまま、
手近な宙空へ消し去るようにし、仕舞い込んだ葉柱。
そこからもまた毎度の手筈と同んなじで。
何処からともなく引っ張り出した、
彼自身の長いめの尋よりずんと幅のある、
それは大きな濃い色のすとーるを ばっさと広げると、

 「ほれ。」
 「おお。」

歩みを運んだ先、当然顔で待ってた主人の細い肩へと、
どうぞとくるり、回しかけてやる周到さよ。

 「それにしても、何でまた白拍子なんぞに身をやつしたんだ?」
 「相手を油断させるために決まっとろうが。」

里の噂を知らぬだろう旅の者…でもよかったが、
一人で通る者ばかりが被害に遭っているとの話を聞いたので、
相手は抵抗を恐れる慎重な輩か、
いやいや実は肝の小さな小物かも知れぬと読んだ、
蛭魔の勝ちだったということになり。

 「さあ、帰るぞ。」
 「は〜いvv」

ちょっぴりいびつなお月様の見下ろす下界、
遠くのお山には桜の花霞が緋色の雲のようにたなびく中。
お務め済ませた三つの陰が、
まるで桜花の陰に飲まれたかのよに、その姿をすうと消し。
後に残るは花王の囁き。
さわわ、さわりと、響くだけ……。






  〜Fine〜  11.04.18.


  *これぞ花冷えか、
   昨日からこっち、急に冷え込む朝と晩です。
   ウチの蛭魔さんは、寒いのがちと苦手なので、
   またぞろ散々ぶうたれたんだろな。
(笑)

   さて、白拍子というと、
   知る人ぞ知る、巴御前などが身をやつしたとされる、
   巫女の姿になって舞ったもの、舞い手のことでありますが。
   うぃき先生によれば、
   平安時代の後期から鎌倉時代を発祥とするとあったので、
   ぎりぎりこの時代にも舞い手はいたということで。
   (男の白拍子もいたという記述にはぶっ飛びましたが。)
   (えとえっと…目の覚めるような美少年だったのかな?)

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